重い瞼を開くと、明るい天井が見えた。まだ、太陽の光が差し込む世界にいたことに、クオンはほっとしてしまう。体を起こそうとしたものの、指一本動かず、少し驚いた。疲労しきった体の感覚だ。鉛のように重い体は、アルムと共に見た世界が実在した証明のようにも思えた。
「目が覚めたか」
「ああ……カバネ。……いてくれたんだ」
足音が近づく。視線を動かすのすら鈍くてもどかしい。まるで自分の体ではないようだった。
傍らに立ったカバネがクオンを見下ろす。その瞳は相変わらず無感動に動かない。それでも、その奥に情熱と優しさを秘めている事をクオンは知っている。
「ごめんね、動けない。……体が重い……」
「無理はするな。……本来の能力の範囲を逸脱した行為だ。ヴィダも言っていたように、どうなるか分からなかった。アルムごと取り込まれるか、あるいはアルムだけ取り戻せてもクオンはそのまま引きずり込まれてしまうか。……そうならなかっただけ、マシだ」
「アルムは?」
「先に目を覚ました。お前よりは動けているが、まだ本調子ではなくなさそうだ。二、三日は静養が必要だろう」
そう、と安堵に笑みを浮かべる。クオンはアルムを取り戻しに無茶な賭けに出たのだから、それが達成できたのなら多少の不自由は目を瞑るしかない。これも、一過性のものに過ぎないだろうから。それよりも。
「……カバネ」
「ああ」
言い掛けた事が、一旦喉で詰まる。言おうとする事は、必ず誰かを苦しめる。それがどうしても悲しくなる。沈黙してしまったクオンの傍らに、カバネは黙って腰を下ろした。
かつては沈黙が怖かった。だが今は、カバネの無言が安心する。
「……コノエは、怒るかなあ」
「どうだろうな」
「その時は、味方をしてくれる?」
「この道を歩き出した時から、俺はクオンの味方のつもりだ。……お前がそうでいてくれるように」
「……うん。あはは、不思議だなぁ」
五百年、冷戦しているときは分からなかった。風向きが変わって、自分達が変わり始めた。人はやはり、地下では暮らせない。一度風と光を知ったら、戻れない。
深呼吸をする。肺に、地上の空気を満たした。
「最後まで、進もう。それまで、僕が諦めそうになったら叱咤して」
「お互い様だ。……今更かも知れないがな」
そんなことはない。言わなくても、カバネなら分かっているのだろうけれど。
すべき事も、話す事もたくさんある。ただ今だけは、少しだけこの時間を噛み締めた。
クヴァルに何度も大丈夫か確認され、リーベルの心配そうな顔を何とか安心させて、やっと息をついたタイミングでフーガが声をかけてきた。アルムは少し意外な気持ちで目を瞬く。
「わ、私なら見ての通り元気だぞ」
「違うっての。……その、……会わせておきたい人が、いるんだ」
「そうなのか? うん、分かった」
心配だからとベッドに縛り付けられているのもつまらない。フーガと一緒なら、少なからず散歩程度なら許してもらえるだろう。安心したように表情を和らげたフーガに続いて、部屋を出る。壊れそうな扉のドアノブが抵抗するように軋みを上げた。
すぐ隣の部屋では、怪我をしたのか包帯に巻かれた子ども達が何故かオルカを囲んでいる。意外にも面倒みがいいのかとつい笑ってしまったのを、通りすがりで見つかって渋い顔をしていた。
そこから、二部屋奥。扉に穴が空いているような部屋へ、フーガは踏み込んだ。その横顔が緊張していたのを、アルムは見逃さなかった。つられて緊張しそうになり、ぎゅっと体の芯に力を込める。フーガのことだから、怖いものでは、きっとない。
「……?」
ベッドがあるだけだった。誰かが寝ている……にしては、顔の上までシーツが掛けられている。昼間は暑いくらいの十二地区では、不自然だった。ベッドの傍らに立って視線でアルムを呼ぶフーガに、恐る恐る近づく。妙な匂いが、する。嗅いだことのない匂い。
「誰か、寝てるのか?」
「寝てた、ってのが正しい。今はもう、あるだけ。……アルム」
「うん?」
じ、とフーガがアルムを見つめる。その瞳は、恐怖に揺れていた。首を傾げる。
「フーガ?」
「ほんとは、コノエには止められた。あと、クヴァルとリーベルさんには許可もらってない」
「なんの話だ?」
「……ごめん。本当は、教えないほうが正しいと思う。コノエが、多分正しい。でも、僕は僕が正しいと思うことを、したいから」
フーガが何を言おうとしているのか、アルムには皆目検討もつかない。それでも、分かることもひとつある。怯えて震えるフーガの手を握って、アルムは笑った。
「フーガがそうしたいと思うなら、そうすればいい。自由ってそういう事だろう」
「……何だよ、偉そうに。アルムいつまで経っても、上からの物言いが直んないな」
「そ、そうか? そのつもりは無いんだが……そうか、気を付ける」
「冗談だよ。……僕は、いつもそうなんだ。自分がいつも見下されてる気がして、嫌になる。自分を、好きになりたい」
「私はフーガのそういう所、結構好きだがなぁ」
うそつけ、と泣きそうな顔で笑ったフーガは、それでもアルムの手を握り返した。アルムは笑みを向けて、頷く。
ひとつ深呼吸をして、フーガの手がシーツを捲った。
「この人は……誰だ?」
ひと目でもう生きていないと分かる。余りに青白すぎた。妙な香りがしたのは、そのせいだろう。悲しいことに、アルムも死体を見慣れ始めている。少なくとも痛みも血も、日常の一つだ。それを分かっていないフーガではないはずなのだが。
視線を向けようとした刹那。
「この人、アークから来たんだってさ。……エーテルネーア? の侍女って、言ってた」
「えっ」
「……でも、それだけじゃないと思う。多分この人、アルムの母親だと、思う」
母親。存在の名称だけは知っていても、アルムにとって実態のない虚無の言葉だった。
「似ている……か?」
「わかんないけど。……でも、死ぬ思いして、ここに来たんだ。アークからなら、もっと近い町、いくつもあんのに。こんな不毛な所まで、この人わざわざ来たんだ。ここに居るって、分かってたみたいだった。それに……カバネが、最後にアルムはクオンが連れ戻すって、わざわざ言った。天子じゃなくて、アルムって。お前の名前、アークで呼んでくれた人はほとんどいないんだろ」
「うん……」
「たかだか召使いしてたような人が、アルムの名前知ってるなんて……それくらいしか、僕には考えられない」
筋は、通っていた。ただ残念なことにアルムには実感がない。きっとこの人が生きていても同じだ。ただの言葉でしかないものに当て嵌めるには、アルムはそもそも親子という関係を見たことがない。
「……ごめん、フーガ。何にも、感じないんだ。喜ぶべきなのか、悲しむべきなのかも分からない」
「そう……だよな。困るだけだって、分かってた。……ごめん」
「フーガが謝ることはない。……この人が私の母親なら、こんなに安らかな顔で永遠に眠れたのは……嬉しいと思う。私の見てきた死は、全て苦悶に包まれていたから」
人は、安からに死ねるのだと、思ってしまったほどだ。実感のない母の死。むしろ、エーテルネーアと夢の世界で別れたときの方が、辛かったかもしれない。
「薄情な息子だと思うだろうか」
「どうだろーな。僕には、わからない。親じゃないから」
それもそうだと、アルムは笑う。でも、覚えていようと、心に刻みつける。もしかしたら、フーガの言うとおり母親かもしれないのだ。あるいは、そうでなくてもいい。
あるべき存在が、自分にもあったのだという実感を得たいのはあったから。
「……なぁ、アークって死んだら死体はどうしてるんだ?」
「そういえば……どうなんだろう。知らないな。地上は……」
「埋めてる。ここは、穴に落とすって言ってたけど……ヴィダは絶対許さないって言ってたから……どこかに埋めないといけないな。リベリオンに着くまでに、もつかな。……死体って、腐るから」
「そうか……うーん……困ったな」
「アルムくんが良ければ、火葬にするのはどうッスか」
振り返る。少し困ったように笑って、コノエが入ってくる。フーガは罰が悪そうに目を伏せていたが、歩み寄ったコノエがぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
「う、ごめ」
「いーんすよ。……フーガは俺の言うことを聞くだけの人形じゃない。間違ってないと思うなら、それでいい。……すんませんね、アルムくん。びっくり……させたッスね」
「いいや。……何も知らないより、きっと良かったと思う。それより、かそう……ってなんだ? どうやるものなんだ?」
「難しいことはないッス。ただ焼くだけ。炎で葬る。そうしたら骨だけ残るッス。あとはそれを壺に入れて墓へしまうんすよ。ゴウトの……俺の故郷ではそうしてたッス」
「へぇ……そうなのか。炎で……送るのか……、うん。そうしよう。アークの流儀とは違うかもしれないが、アークに戻すことも無い。なら、地上の流儀で、送ってあげよう」
有り合わせの木材で棺桶をさっさと組み立て、町からは少し離れた荒野の真ん中に運んだ。カバネには温度が多分足りないと言われたが、腐り落ちるのを見ているよりはマシだとコノエは思っていた。
火をつける頃には、すっかり日はくれてしまっていたが。まだ本調子ではないクオンは、カバネに背負われてやってきていた。寝ていても良かった気がするのだが、曰く「同胞は見送らないとね」だそうだ。クオンにとって、遠い親戚の可能性は、否めない。
「……僕、余計なことしたかな」
「なんだ、まだ悩んでたんすか、そんなこと」
「そんな事って。……そんな事、じゃないだろ。違うかもしんないのに」
膝を抱えて俯いているフーガはアルムに伝えた事を思い悩んでいた。泣いて欲しいわけでも、感謝が欲しいわけでもない。ただ、かつて親の顔も知らないと言っていたアルムのことを覚えていたからこそ、会わせたいと思ったのだろう。すでに言葉をかわすことは出来なくても。
ふっと息を吐いて、コノエはフーガの肩を抱き寄せる。
「誰にも知られないよりは、良いと思うッスよ。……それに、仮に母親じゃないとしてもあの人は天子の事を案じていた。……どんな形であれ、あの人はアルムと同じ血を持ってる。同胞に見送られるのは、嬉しいもの……じゃないッスかね」
「……本当、コノエは優しいな。……僕なんて全然子どもだ。経験値ゼロの」
「見送ってきた数が多いだけッスよ。でも……もう、見送るのはいいッス。仮に見送るのだとしても、カバネさんやクオンさん……フーガだけで、終わりにしたいッスね」
「……うん。大丈夫。きっと、見つけてくれる。僕には全然、分かんないけどさ。カバネとクオンなら、きっと何でもできる。……それまでコノエの側に居るから……僕の隣にいて、コノエ」
言われなくても。今更、停滞していた地下へは戻れない。手足をもがれてでも、終わる未来を必ず掴まなければ、ならなかった。
炎が爆ぜる。独特な匂いに、クヴァルはずっと顔を顰めていた。
「……野蛮な地上民らしい?」
「そ……! ……その、正直に言えば、少し、思っていた」
「ふふ。私も凄いなと思う。この世界に間違って帰ってこないように、きっちり円環へ送るんだ。ただ気絶してるだけだったら、どうするんだろうな」
本当に、と同意したクヴァルは、ほっとしているようだった。自分に気を遣わないで欲しいとは思っている。確かに、クヴァルの思考はアークの代表例のような地上を侮蔑しがちな言葉を放つが、アルムに合わせる必要もないのだ。自分の目で見て感じたものを、信じて欲しい。アルムがそうしているように。
少し距離を取って焼かれる棺を見つめていたアルムは、ふとエーテルネーアを思い出す。
「あの人が母親で……エーテルネーア様が父親だったら、良かったなぁって思うんだ」
「アルムの? それは……可能性としては、あるの……か?」
「さぁ。でも、そうだったら何だか、温かい気持ちになる。二人とももうこの世界には居ないけど……私を見守ってくれてるんだって、思えそうだから」
最後に抱き締めて、泣かせてくれた腕を覚えている。小さい頃から、ずっとあの手に引かれて、守られてきた。退屈で何もない毎日でも、少なくともエーテルネーアが居た瞬間は、アルムにとって優しい記憶だ。
膝を抱えて、空を見上げる。火の粉と空の星が、煌めいていた。
「……約束したんだ。私で、天子を終わらせる。私が天子じゃなくなれば良いんじゃない。失くすんだ。歪んだ加護を」
「方法は、分かっているのか?」
「呪いには根源があるのだと、言っていた。きっとそれを壊せばいいんだ。そうしたら、少なくともナーヴで歪んだ祈りは終わる。祈りを壊すのは、心苦しいけど……元々は、人々の暮らしを支えるものだったんだから」
「根源……か」
もちろんクヴァルが認識しているとも思っていない。本当は天子の奇跡なんて一つもない、ただの機械じかけの城を皆知らなかったのだから。アルムの記憶だけが今となっては頼りだった。石碑。直感的にあれが根源だと感じていた。そして何処かで、見たことがある。エーテルネーアに手を引かれて、どこかで。
「けれど……驚いた。いや……悲しい気持ちのほうが強いかもしれない」
「何がだ?」
「聖印。天子の寵愛の証、ナーヴに運命を委ねた印のはずが、その反対だ。そもそもは、アルムを守る加護を無効化するものだなんて」
ため息をついたクヴァルの気持ちは、アルムにも幾分分かる。自分が兵器だと、他人を殺すだけのものだと知ったときよりも今は複雑だ。
自らが死なないように他人を殺す。人間が取ってきた一番簡単な生存戦略だった。苦痛さえなければ、害も少ない。自分一人が生き残ることにだけ特化すればこれ程合理的な守護はない。これを失くせば、アルムは他人からの攻撃に対抗する術を失う。今まで味方だったはずのものさえ、あるいは。
エーテルネーアに導かれて見てきた世界のすべてをクヴァルとリーベルに伝えると、二人はそれぞれ沈黙していた。恐らく、思うことは違う。きっと、アルムとも。
「今、地上人がナーヴを討ったら、アークは根底から壊れると思う。何もかも信じてきたものが崩れるんだ。でも、それは地上にとっては待っていた勝利だ」
「……地上人の全てが、リーベルやクウラのような……リベリオンの思想に同調しているものでもない。この地のリーダーのヴィダは、ここ以外はどうでもいいと断言する。そうだろうな、環境が皆、違うんだ。俺だって……完全に割り切れてるわけじゃない」
クヴァルがユニティオーダーに刃を奮ったのも、アルムを逃がすためだけだった。最低限の攻撃で、殺さないように加減をして。だが、次にアークに行くときは地上との全面戦争だ。殺さずに、なんてものは難しい。
その上、クヴァルは。
「……クヴァルは、ミゼリコルドとは戦えないだろう」
「それは……、気持ちは、ある。あいつだけは、倒さねばならない。でも、聖印がそれを許さない」
クヴァルは聖印に手を加えられ、ミゼリコルドには手出しできないようになっている。意志の力で打ち破る事は可能なのかもしれないが、それはリスクを伴う。何も出来ず、クヴァルが返り討ちに遭うのは、アルムだって見たくない。
「クヴァルの聖印は、もしかしたら聖印を持つものには攻撃できないようになってるのかもしれない。もし、護衛を固めたユニティオーダーに聖印を施されていたら、クヴァルは、何もできないかも知れないんだ」
「その可能性は、否定できないな。でも、それでも俺は行く。アルムの未来を開くために倒れるなら、それはそこまでの運命だ」
「私は私のために命を使えとは一度も思ったことはないぞ。そういうのは、やめてくれ」
むっとして言い返すと、クヴァルは苦笑いで頷いた。それくらいの覚悟だという話なのは、分かるが。人が死ぬのは嫌なものだ。
手のひらを見つめる。ぱちぱちと、爆ぜる音が静かな荒野に響いた。
「……思い出した」
「え?」
「……クヴァル。もう一度言う。私は、天子を終わらせる。だからもう、私の呪いを発動させないための護衛は必要ない。……だから」
カバネが何か言いたげに時折視線を投げていた。だがリーベルは一言も喋らずにいる。かれこれもう、三十分はそうしているだろうか。クオンはついに笑いをこらえ切れなくなった。
「ねぇ、リーベル。いつまでここにいるの。アルムやクヴァルの所に行きたいんじゃないの?」
「俺が行くと、アルムに気を遣わせるだろう。……良いんだ」
「……覚悟を決めた顔だね」
リーベルは黙って頷いた。アルムから天子の呪いの話を聞いて、リーベルなりの答えにやっと辿り着いたのだろう。ならば、クオンの手は必要ない。
「寂しくはない?」
「忙しくなるだろう。そんなことを思うのは……きっと何年も後だ。……良かったよ。俺は、間違えるところだった」
「地上とアークの架け橋にアルムになってもらう。それを諦めるには、勇気がいるだろうに、強いね、リーベルは」
「知らなかったからな。……ただ世界を見て、地上を愛して貰えれば、アークにそれを伝えてくれると思った。地上に、アークは希望となりうるのだと示してもらえると思った。仮にアルムがそうしてくれると言ってくれたとしても、それは俺から頼んではいけないことだったんだ」
「別に、いけないことじゃないと思うよ。……それが一番人が死ななくて済む。簡単に、和解できる。格差は埋まる。ただ、新しい偶像を崇拝する宗教が生まれるだけ。人はね、何かにすがるのが一番楽なんだ。それが人であっては、困るくらいにね」
その結果がナーヴの天子だ。四年に一度だけ姿を見せる、本当は何の変哲もない少年少女の運命を犠牲にして。
ふっと、リーベルが笑った。
「……前に、ライデンが言っていた。ここからは、大人が戦争をする。子どもは夢を見ていろ、と。確か……フーガに言ったのをたまたま聞いたんだがな」
ちらりとコノエに寄り添って今日も一日を乗り越えたフーガをリーベルが見やる。かつては自分を追い掛けて、それに潰れたフーガをリーベルがどう思っているのかは、未だクオンにも分からなかった。
「俺も、それには賛成だ。賛成だったが……そのくせに、アルムは巻き込もうとしていたんだ。こんなの……本末転倒だ」
「選択は自由だ。アルムがそれを望むのなら、強要しているわけでもない。何を悩む」
「利用するのと、勝手に希望にするのは、違う。……希望にして、仮に望む未来が来なかったときに、アルムが先に折れたときに、俺は……何も残らない。アルムを恨んでしまうかもしれないだろう。……人間だからな」
つい、クオンはカバネを一瞥してしまった。同じことを思っていたのか視線がぶつかったのは実に気まずい。人間だから。……千年、人間を続けてこられたからこそ、今和解できたのも事実なのだろう。クオンもカバネに勝手な希望を、持っていたのだから。耳が痛い話だった。
「だから、もう少し俺は理想を語る存在でいるよ。……地上の人間と、アークの人間で、ちゃんと世界を勝ち取る。……幸いと、元ユニティオーダーの隊長が今リベリオンにはいるからな」
「ああ……あの話をはぐらかすのが好きな人。……そうだね、またチェックメイトを取るために、王様を使う必要は、ないからね」
「……リベリオンに戻ったら、アルムにはもう一度その件は話そうと思う。戦争は、俺が始めてしまった。それも終わらせられるという事を、示してみせるさ」
「付き合ってやる。俺も……アークには貸しがあるからな。返してもらう」
素直じゃない言い方をするカバネに、クオンは笑みを零す。クオン達の戦いは、もうほとんど終わっている。アークなどこの際関係がないのだ。それでも地上に介入した責任としてカバネはリーベルへ手を貸すのだろう。
それはカバネの正義感そのもので、クオンとしては誇らしい。
「……ふふ。嬉しいな」
「何がだ?」
「カバネがちゃんと、英雄になろうとしていること」
罰が悪そうに、カバネが目を逸らす。責めているわけではないのだが。同胞が空へ召される星の下、自分達も未来へ歩いている。それはクオンにとって喜ばしいことだった。
「っ、アルム何をした?!」
不意に響いたクヴァルの声に、視線を向ける。クヴァルは焦りを隠せず、アルムの肩を力強く掴んでいた。顔を見合わせて、彼らへ歩み寄る。
「クヴァル、どうした? 何が」
「……あ、あぁ……」
絶望に打ちひしがれたような声で、クヴァルは地面を見つめていた。眉を顰め、カバネがアルムを見やる。アルムは迷い無く微笑んで、口を開く。
「クヴァルの聖印を、私が破棄した」