「お話は分かりました」
そう、マネージャーは穏やかな笑顔で狗丸さんに頷いた。知っている。その顔は、微塵も分かっていないことを。私は嫌というほど見てきたのだから。膝の上に載せた手をぐっと握りしめる。狗丸さんはほっとしたような表情をしましたけど、そんな楽観的な状態じゃないんですよ、狗丸さん。
星影事務所の一室。狗丸さんと現行マネージャーの方がそれぞれ緊張した面持ちを浮かべていた。無理もないですが。敵地に飛び込んだようなものですし。
傍らのマネージャーは、ふいに私を見やった。
「棗くんはまだ音楽がやりたいんだね」
「……俳優業を削るなという意味でしたら、そうするつもりはありません。プライベートで時間を費やすのであれば、不都合はないでしょう」
「それはもちろんそうしてくれると助かるよ。プライベートにも口を出すつもりはないし」
含みがある。この人には狗丸さんとの関係は黙ってますけど、勘がいい分察してるんでしょう。普段は先回りで仕事を円滑にしてくれる人ですけど、こういう時は厄介ですね。
嫌な緊張感が、室内に満ちる。私はどうして、こんな息苦しい環境にいつまでもいるんでしょうね。棗巳波以外を求められていない、こんな環境に。
「とはいえ、ツクモと再提携っていうのも少し難しいものがあると思うんですよ。業界的には」
「取り分の話でしたら、こちらは低くて構いません。上ともそのように話をつけています」
「元ZOOL二人がタッグを組む、というのは話題性が凄まじい。テレビ取材だって増えるでしょう。ほとんど人気絶頂期で解散したようなものです。そうなると棗くんの仕事が過密になるんですよ。こちらとしては、それでは困りますよね、棗くん」
「私はそれでも構いません。……引き受けた仕事はすべて完遂してみせます。それなら、星影だって困らないでしょう」
「それじゃ、君の体が持たないと思いますよ」
くっと奥歯を噛みしめる。そうやって、私の為を装って都合よく棗巳波を縛ってきた。昔はそれが楽だった。少なくともそうしている間は仕事に困ることもなくて、嫌がらせのような収録内容は避けられた。棗巳波の商品価値を彼らは何よりも大事にする。私ではなく、棗巳波を。
ふと正面を見やると、心配そうに私を見ていた狗丸さんと目が合う。私に負担が掛かるのは、狗丸さんだって嫌がる。でもそれは、棗巳波だからじゃなくて……私だから。自惚れでも何でも、そう私に思わせてくれるこの人の事を傷つけてほしくない。
「……でしたら、仕事を減らしてください」
「え?」
「売上の配分だってこちらに利があって、特段私の出演が必要な話でもないでしょう。それでもキツイだろうと仰ってくださるなら、ドラマか映画の話を少し減らしてください。それで私は曲作りに時間を割けます」
「それは難しいな。春ドラマもすでにいくつか声が掛かってるんだよ」
「でしたらそのうち半分は断ってください。私でなければならない理由はないでしょう。星影の若手も育てている途上なんですから、私が成長の邪魔になるのは如何なものかと思いますよ」
「手厳しいねぇ。ただ、それを考えるのは君じゃなくて事務所なんだよね」
すっと血の気が引いた。そう。いつもそう、誤魔化されてきた。私には不要だと。わかっていた筈なのに。この二年、そうある事を黙って受け入れてきたのが今になって響く。俯いて拳を見つめる。どうしたら。私は、何を言ったら。
「あの」
不意に、黙っていた狗丸さんが口を開く。驚きつつ顔を上げると、眉間に皺を寄せて狗丸さんはこちらを見ていた。
「何か?」
「えと……、曲作りとか、そういうのは認めてもらえるまで俺頑張って頼み込むのでそれはいいんすけど。……ミナに仕事を押し付けるの、やめてやってもらえませんか」
「いっ、狗丸さんちょっとちょっと!」
慌ててマネージャーさんが止めに入ったけれど、狗丸さんの視線は全然聞いてない。むしろ……怒って、ます?
「休みをあげてやってほしいとかそういうんじゃなくて。ミナにそんな風に言わせないでやって欲しいんです。別にミナは演技が嫌いとか言ってんじゃなくて、ホントに音楽が好きなんですよ、そいつは」
「狗丸さん……」
「だから、俺に対して作ってくれなくても良いんです。ただ、ミナから音楽を奪わないでください。何か、ミナそのままいったら事務所やめるって言いかねない顔してたから、心配なんすけど。……俳優の棗巳波も、作詞作曲担当の棗巳波も、どっちもミナのやりたい事なんだと、思うんで」
さしものマネージャーも黙った。本当に稀に、狗丸さんは核心を突いてくる。言わないように、触れないようにしてきた私の本音を見透かしている。自覚はないでしょうけど。胸の奥が熱くなって、口を開けば泣いてしまいそうで、私はただ目を伏せて唇を引き結んだ。
許可も拒否もなく、その日はそれで終わりになった。狗丸さん達を見送ったあとに吐いたマネージャーのため息が、ただただ、悔しかった。
「……あ、おかえりミナ」
帰宅すると、にっと笑って出迎えてくれた狗丸さんに安堵する。落ち込んでいたらどうしようかと、少し心配だったので。
「飯食ってきたか?」
「いえ。適当に何か作るので大丈夫ですよ」
「じゃあ俺が作ってやるよ! 座ってろー」
「え、狗丸さん料理なんてできるようになったんですか?」
流石に面食らう。かつての狗丸さんの自炊なんてほぼカップ麺でしたよね? 海外で多少は身につけてきたってこと……ですかね。ぽかんと立ち尽くしていたら、カウンターキッチンに鼻歌まじりに立って、狗丸さんはスーパーのビニール袋から何かを取り出した。スーパーに寄って帰ってきたなんて珍しい。
「世の中には便利なモンがあるんだぜ!」
「……ふふ、なるほど」
狗丸さんが得意げに取り出したのはレトルトのパスタソース。温めてかけるだけで本格パスタってやつですね。CMでよく見ます。つい笑ってしまったけれど、その気持ちは嬉しいので甘えることにしておきましょう。
「あ、ちゃんとアルデンテにしてくださいね」
「良くわかんねぇけど茹で時間守れば良いんだろ? 任せろ」
不安ですね。まあ、何でもいいです。作る気力もあまり無かったので助かりますからね。鞄を片付けて、部屋着に着替えると台本だけ手にしてリビングに戻る。……こんな時でも私は仕事から逃れられないのだと思うと、少し胸が苦しくもなる。
あたふたしながら用意してくれる狗丸さんを眺めていても良いんですけど、見られると余計緊張しそうですから今日はやめておきましょう。最終話の台本。なんとか今回も乗り切れた。来期も予定はぎっちり埋められていたみたいですし、しばらくはまた、平穏な日々はなさそうですね……。狗丸さんがいつまでここに居てくれるか分からないのに、ちょっとつまらない。なんて、子どもじみたわがままを言える年ではなくなってしまいましたけどね。
「よっし、できたできた! 普通に美味そうじゃん」
声を弾ませた狗丸さんに思わず笑ってしまった。味だって心配いらないから、商品化されてるんですよ狗丸さん。
言われる前に台本を片付けて、狗丸さんが満面の笑みで運んでくれるのを待つ。ふふ、そういえば昔はラーメン作ってくれましたっけ。乾麺でしたけど。懐かしい。そう思うと……少しレパートリー増えたってことで、嬉しい気がします。
本当にパスタを茹でて、レトルトのミートソースをかけただけ。でも狗丸さんは得意げなので可愛らしい。私の為に用意してくれただけで嬉しいから、十分です。狗丸さんはいそいそと正面に座って、期待に満ちた瞳を向けてきた。
「……見ないでもらえます? 食べづらいです」
「そんな事言うなよ! 感想聞きたいだろ」
「味は狗丸さん何もしてないでしょうに。ほら、今日はIDOLiSH7の冠番組が特番やってますよ。そっちを見ててください」
「ミナが冷たい……」
しょんぼりしつつ、狗丸さんはテレビをつけた。気持ちは分からなくもないですけど、じっと見られてるのは恥ずかしいんですよ。どっちにしろちらちら見てますし。
「……固いですね」
「マジかよ! おかしいな、タイマーかけたんだけど……」
「次に期待しています。……ありがとうございます、狗丸さん」
「……ん」
ほっとしたように、狗丸さんは小さく笑うと今度こそテレビを見始めてくれた。これで私も落ち着いて食べられますね。というか、次に、なんて当たり前のように言ってしまいましたけど次まで狗丸さんがここに居てくれるとは限らないんですよね。ちょっと……余計な事、言いました。
楽しそうな七人の声が聞こえる。先日は二階堂さんと次期連ドラの顔合わせしましたっけ。それぞれ忙しいみたいですけど、彼らは今日も眩しく輝いている。やはりそれは、少し羨ましい。
「……ごめんな、ミナ」
「え?」
顔を上げる。狗丸さんはテレビの方を見つめたまま、少しだけ寂しそうな顔をしていた。何か……私しましたっけ。目を瞬いていると、狗丸さんが私を見やる。
「今日。あの後何か言われなかったか? 俺余計なこと言ったろ」
「余計な……ことですか?」
「仕事。ミナにも仕事選ばせてやって欲しい、みたいな言い方したろ、俺。怒られなかったか?」
「あぁ……いいえ、何も。あの人達は私のコントロールが得意ですから。こちらこそ、マネージャーが狗丸さんに酷い言い方をして、すみません」
「俺は良いんだよ。最初っからキツイこと言われんのは覚悟してたし。……思ったよりミナが雁字搦めなの、俺分かってなかった。悪い」
首を振る。狗丸さんにそんな悲しい顔をして欲しくないんですよ、私は。あと少しだけを残すのも申し訳ないので、一旦話は置いて、さっさと胃に収める。その間ずっと、狗丸さんは俯いて浮かない顔をしていたけれど。
「ごちそうさまでした。……また、作ってくださいね、狗丸さん」
「ん。それくらいならいつだってやってやるよ」
「はい。……あと、私は嬉しかったですよ。狗丸さんが、私から音楽を奪わないでって言ってくれたこと」
「え……」
「ほんの少し、泣きそうでした。ふふ。変ですね。そう言ってくれる貴方だから好きになったはずなのに、私を分かってもらっていたのが凄く……嬉しかったんです」
「そ、そうか? 俺あんまりミナのこと分かってやってねぇと思ってた」
「普段は駄目駄目ですよ」
がくりと狗丸さんが肩を落とす。褒めてあげたいとこですが、照れ臭くて私がそうしきれない。背筋を伸ばして狗丸さんと向き合うと、つられてか狗丸さんも姿勢を正した。
「もう少し、説得してみますから。……駄目と言われ続ける事も、覚悟しています。でも待ち続けるのは棗巳波らしくはないと思うので」
「うん……?」
「私達は解散してもZOOLです。常識もルールも、私達の手で蹴破って書きなぐって、そういうのが似合うと思いませんか」
狗丸さんはぽかんとしましたけど、私は貴方が歌えないことより何より辛いことはないんです。だから、私に出来ることをさせてもらうことにします。お荷物になるのは、棗巳波らしくないですからね。
笑みを返して、食器を片付ける。鍋もレトルトのパウチ袋も流しに放置の狗丸さんには、あとで片付けを教えてあげないといけないようだった。
「けど、巳波が急に誘ってくるから何かと思ったらこういうことかー」
「すみません、年末のおばあさまとの団欒の時を」
「いーよ。折角じゃん。虎於もそうでしょ」
「仕事を入れられるよりマシだ。……四人揃うのも久しぶりだしな」
「ホントそれな。終わったら初詣行こうよ。またトウマにりんご飴たからないと正月っぽくない」
それには大いに賛同です。二年ぶりですから、年明け分も含め三年分。きっかり補填してもらわないといけませんからね。
関係者席でステージは若干見えづらいですけど、箱は小さめですから丁度いい。年末年越しカウントダウンライブ。こんな熱気に満ちた空間は、久しぶりです。上機嫌に鼻歌を歌う亥清さんも、今日も飄々としつつちゃんと使い方も知らないであろうペンライト買って楽しみにしてますし。
「……で、何仕込んでるんだよ、巳波」
「交際発表とかはやめてくれ。トウマだけが炎上するし、俺がコメント求められる」
「しませんよ、そんな安っぽい独占の仕方」
「お前いつもしてるぞ……?」
そんなことはありませんよ。怪訝そうな顔をした御堂さんはさておいて、まだ沈黙しているステージセットに笑みを零す。
「……大丈夫です、狗丸さん。私達はちゃんと、ここで見ていますから」
開演時刻三十秒前。私は約束を握り締めて顔を上げた。
知らない曲を、狗丸さんが歌う。いえ、聞いていなかったわけではないので、知らないふりをしたいだけなんですけれど。私じゃない誰かの曲を歌うのを見るのは、やっぱり悔しいので。たった一人で、でも楽しそうにステージに立つ狗丸さんを見ていると、あの時引き留めたり、無理に付いていかなくてなくて良かったと思う。そんな道を選んでいたら、きっとここには居なかっただろうから。
年を超える、十分前。MCの時間に入り、会場内は少しだけ熱気が落ち着いた。でも、どきどきとした胸の高鳴りは続いている。ここから後半。ここからが……本番ですから。
「あはは、トウマちゃんと一人でMCとか出来たんだ。意外」
「そうだな。俺達が居なくても意外とやれるんだな、あいつ」
「皆さんそうですよ。私達は何だかんだ、一人でやれてるんです。でも、四人揃っていた方がもっと楽しかった。……そういう事なんだと、思います」
「……そーかも」
少し寂しそうに零した亥清さんに、私は微笑む。
「なので、聞いていてください」
「ん?」
ステージを見やる。狗丸さんが、一瞬だけこちらを見やった。別に、確認しなくてもちゃんと私達は聞いてますよ。そういう所だけ、自信ないんですから変わらないですね。
あと一分。カウントダウンがステージスクリーンに表示される。
『えー……、と。そろそろ年を越えるって事で、新年一発目から飛ばして行こうと思うから、ちゃんとお前達ついてきてくれよな!』
「お。デカイこと言ってる。トウマらしー」
『日本帰ってきて、誰も彼も俺のこと忘れてたらどうしようかと思ってたけど、こんなに集まってくれてマジ嬉しいぜ! って時間がもうねぇ!』
あぁもう、余計なことを言うから。貴方のことをずっと待ってたのは私だけじゃないって何で信じられないんでしょうねぇ。つい笑ってしまう。
慌ててマイクを掴んで、狗丸さんは咳払いをする。残り三十秒。深呼吸して、すっと顔を上げた狗丸さんに私まで緊張する。
『やっと帰ってきて、ずっと歌いたかった曲がある』
そうですね。知ってますよ。貴方がずっと、歌いたかったものは。
『去年までの俺を踏み越えて、もっと上に俺は行くから、ちゃんと付き合ってくれ。そういうわけだから五秒前!』
五秒前。ぎゅっと手を握り締めた。スクリーンに表示の数字に合わせて会場内に声が響く。亥清さんも声を上げて、御堂さんもちゃんとステージを見つめていた。私は。
ゼロ、と同時にふっと照明が落ちて場内が真っ暗になる。どよめきが走ったのも一瞬で、響き出した音に歓声すらもなくなった。この音は、誰も知らない。今までの狗丸さんの曲のどれでもない、私が、私達が願っていたもの。
「え、待って、これって」
「ねえこれ、もしかして」
ざわざわと、観客が囁き出す。狗丸さんを応援してくれてきた人なら、きっと分かってくれると、私も信じていたから。音楽で胸が熱くなるのは、本当に……久しぶりですね。
――一部のスタッフと、ステージバンドしか知らなかった、狗丸さんのための、私が用意した新曲。長めの前奏も、光るレーザーライトも、この瞬間のためにある。
「……お前、派手に決めたな」
「演出を決めたのは、狗丸さんですよ」
「最っ高。やっぱトウマも巳波も最高だよ」
「……はい」
どよめきがやがて歓声に変わる。昔の曲の焼き直しなんかじゃなくて。それでも私の音だって分かると狗丸さんは喜んでくれたから。だからこれを、どうしても二人にも聞いていて欲しかったんです。
「またいつか、必ず四人で……あの場所に、帰りましょう」
「……うん」
涙ぐんだ亥清さんの声も、肩を軽く叩いた御堂さんの手の温度も、何もかも熱気に飲まれていく。音を外しそうなくらいはしゃいでいる狗丸さんの笑顔が、やっぱり私には何よりも嬉しい。
「これからが大変ですから。……二人で頑張りましょうね、狗丸さん」
まずはこの事に気付いたマネージャーからの鬼電をどうさばくか、そこから考えないといけませんね。
誰が作曲したなんて、狗丸さんが言わなくても、かつてのZOOLのファンの方々はあっという間に私だと見抜いて拡散されていく。別段おかしなことではなくて、むしろ歓迎する声があったのは、私にとっても吉報だった。
苛々するからと、ミナは笑顔でスマホの電源を落としていた。俺は怖すぎて電話が鳴ろうがでないという選択肢しか出来ないけど。解散際に見たマネージャーは青い顔してぺこぺこ誰もいない空間に向かって頭を下げていた。多分ミナのマネージャーからの怒りの電話だろうなぁ……俺も後日怒られることを覚悟しねぇとな。まあそうなるだろうとは思ったから、心のうちで手を合わせてそそくさと会場を後にした。
「やっぱ毎度思うけど、別にめちゃくちゃ美味いわけじゃないよね、屋台のりんご飴」
「りんご飴単体として考えるなら専門店が圧勝だな。食べ方にも迷わない」
「そう思うなら俺に集るなよ! ったくお前らはそういう所ちっとも変わんねぇな!」
「ふふ。嬉しいんですよ、お二人とも。狗丸さんが買ってくれるから価値があるわけですし」
ミナはさっさと鞄に仕舞い込んでたけどな。多分帰ってからゆっくり食べるんだろう。ハルとトラには一つずつ、ミナには三つ買わされて、なんと言うか……懐かしい気持ちにはなったな。二年間、なんだかんだと正月は一人だったしやっぱり賑やかな方がいい。人混みにまぎれて参拝を済ませた頃にはすっかり昼だった。深夜二時までライブやってたから、俺もそろそろ眠い……。
「さて、恒例行事も済ませましたし、今日は一旦解散としましょうか」
「あ、そっか巳波は夜新年番組出るんだっけ。見とくなー」
「亥清さんは月末までこちらでしたよね。落ち着いた頃に連絡しますので、食事にでも行きましょう。さ、行きますよ狗丸さん」
ごく自然に腕組みされて引っ張られる。そ、そんな急がなくても。反応しきれなくて転びそうになったらトラに笑われた。ひでえ。ハルが不思議そうな顔して手を振ってくれた意味が分からなくてミナの為すがままで二人から遠ざかってたら、ふと、
「え、居候してんの?! ダサ!」
ダサいとか言うな! そういや言ってなかったな?! トラの得意げな笑みが人混みにまぎれる刹那見えて、ちょっと悔しくなった。またハルやトラとは改めて飯食いに行きたい。ライブの感想も聞かせてほしいしな。
新年特有の軽快な音楽が、屋台の通りに降り注ぐ。昨日と変わらない寒さだけど、世界はちょっと明るく暖かい感じがするな。今日から一年、俺も頑張らないと。でも足早に俺を引っ張るミナは何だかちょっと面白くて、見えないように笑った。
ミナの家に帰宅したら、急に眠気が襲ってきた。考えてみたらライブで散々走り回って、その足で初詣だもんな。流石に体力の限界だ。
「ね、ねむ……無理……」
「お疲れ様です、狗丸さん。取り敢えず着替えて、それからゆっくり寝てください」
「うぅ……む、無理……ソファでいい……」
もう、とため息をついたミナはふらついてる俺からさっさとコートを脱がしてそのままベッドに連行する。ごめんて……でも俺頑張ったろ……。
ちょっと慣れてきた寝心地に瞼がおり……
「うぇ?!」
「なんですか。大きな声を出さないでください」
いや驚くだろ。さも当たり前のように腕の中に収まってくるなよ! そんなの一度もしたことないだろ! ベッドの共用こそ許されてたけど絶対背中合わせだったんだぞこの一ヶ月位。さてはミナも眠さで分かってねぇんだな? 目、目が、覚めそう。
「……私も夕方から仕事なので少し寝かせてください」
「それ、それなら、俺ソファでいいって、マジで」
「嫌です。……今は、そばにいたい気分なんです。二時間ほど、休ませてください」
それは、止めないけど。鼻先をミナの髪がかすってくすぐったい。猫っ毛とか、いったっけ。細いよな、髪質が。恐る恐る髪に触れたら、黙って胸に擦り寄られた。む、無理。緊張だか何だか、顔が熱くなる。
「曲……」
「へ?」
「作って、良かった。……狗丸さんが歌ってくれて、私幸せでしたよ」
「……俺も。もっと、作ってくれよ。歌うからさ。それでいつか」
「はい。四人でまた……あの景色を見ましょうね」
気持ちは同じだ。なら心配はいらないよな。その未来はずっと先かも知んねーけど、踏み出したからには歩くしかないんだ。
それでも今は、眠気には勝てそうにないから。チャンスだと思って、ミナを抱き寄せて瞼を閉じる。押し返されないから、良いってこと、だよな。もう寝てるのかもしれないけど。
「ありがとな。……おやすみ」
ステージで響いたミナの曲はやっぱり最高で、観客の歓声も一際大きかった。そうだよな。やっぱ俺には、ミナの曲が必要だって感じてくれたんだよな、きっと。今日はそれが、何より嬉しい。絶対に守ってやらなきゃなって、強く思えたくらいだ。
意識が遠のく。スマホがまたうるさく振動してるみたいだったけど、眠気には抗えなかった。