等間隔に掘った穴に苗を置き、根に土を被せて一通り終わると水を少量撒く。水を与えすぎるとただでさえ光の当たらないここでは根が腐るから気をつけるように、とコノエから口酸っぱく言われたことを思い出しつつ。
「はー……終わった! よしっ、これで……」
「なーんでフーガは真っ直ぐ一列に植えられないんすかねぇ……」
心底不思議そうに首を傾げたコノエにフーガは表情を引き攣らせる。ほんの数分前までは居なかった。コノエは今日は朝から照明機器のメンテナンスがあるからと、畑の方は任されていた……はず。
それにコノエが言うほど曲がってはいない。コノエは経験値の蓄積が膨大で、変なところで几帳面すぎる。フーガは慣れないなりに、努力はしているつもりだった。故に、心にちくちくと刺さる。つい俯いてしまうと、コノエの手がフーガの頭を撫でた。
「冗談ッスよ。フーガが手伝ってくれて助かるッス。腹減りました? 昼にしますよ」
「……うん」
「育ち盛りッスからねぇ」
「いや別にもうおっきくなんないし。コノエと身長あんまり変わんないし」
「外見はッスねー」
「……ムカつく!」
けろりと笑ったコノエはさっさと踵を返して歩き出す。すっかりフーガの扱いは心得ているとばかりに。喉まで出掛かった悪態は見る間に霧散した。
「……子ども扱い、すんなよ……」
撫でられた頭に触れて、ぽつりと呟く。褒められることは嬉しい筈なのに、近頃はどうにももやもやとした言葉に表しきれない感情がフーガの胸の奥に居座り続けている。
フーガが地下で暮らすことを選んで約一月。地上の様相など何もわからないまま、平穏な日々は続いていた。最近はよくカバネとクオンが古い本を広げてはあれこれ議論をしている。フーガには理解できない用語が飛び交っているので頭には全く入らないどころか、右から左へすり抜けている状態ではある。
「……はぁ……、やっぱり解読が甘いのかな」
「これ以上の研究成果は上がっていない。……やはり、アークにあるはずの呪術回路の研究資料の原本が要るな……」
「そうだね。……けど、今どうなってるんだろう。アルム達は……アークにいるのかな。ああ、ごめんね、フーガ。お茶持ってきてくれたのに置き場所がないね」
「いや良いんだけど、……難しいもの、読んでるなって」
「大した資料はない。効果範囲、法則、拮抗要素。発動時間。持続時間……千年近く眠らせていた資料だ」
「……えー、と。……天子の呪い?」
クオンが開けてくれたスペースに、溢れないようにカップを二つ置く。クオンが苦笑いで頷いて、視線でフーガに着席を促した。正直難しい話は頭が痛くなる。だが、避けては通れない話だった。彼らと共にここで暮らす以上、目を背けてはいられない。
トレーを胸に抱いたまま、フーガはクオンの隣に腰を下ろした。
「前に言ったと思うけど……僕は千年前までは、天子の役割を持っていた。恐怖や不安、まあ……ストレスだね。それを感じると、周囲を触れずとも殺してしまう呪い。具体的に何が起こるのかっていうと、表層を傷つけることなく内蔵だけを破壊する」
「……う」
想像して、怖気が走った。忘れていたはずの痛みがちりちりと指先を焼いて、震えだす。フーガの様子に気付いたか、クオンがそっと肩を抱き寄せた。
「怖がらなくていいよ。今はそれの形を変えてしまって、逆に自分が殺せないんだ」
落ち着くクオンの声に、震えはすぐに収まった。下手をすれば眠ってしまいたくなるような安らかさがある。
呪い。こんなに穏やかでいさせてくれるクオンが人を殺してしまうなんて、それはカバネには許せなかったに違いない。フーガもその場にいたら、きっと同じことを思う。
「……なんで……カバネや、コノエもそうなってんの?」
「え?」
「だって……、呪われてるのって、クオンだけで……それを解いたらーの結果って、クオンにしか発動しないもんじゃないの?」
「は……?」
カバネが眉を顰め、フーガは慌てて目を逸らす。無知に近いのに余計なことを言ってしまった。叱られる、と本能的に怯えた心臓が騒ぎ出す。
「ご、ごめんなさ……」
「お前、馬鹿だと思っていたが……意外な目線を持っていたんだな」
「馬鹿?! 前から思ってたけどカバネ僕のこと馬鹿馬鹿言い過ぎだろ?!」
「ああそうか……下手をすると、だから生きていたのか、そうか」
フーガの訴えなど無視して、カバネはぶつぶつとうわ言のように呟いている。若干怖くなって恐る恐るクオンを見やると、クオンも目を丸くしてフーガを見ていた。
「え、なに。僕変なこと、言った……?」
「ううん、反対だよ、フーガ。そうだ……そうだね、僕達は事象に囚われすぎて、わからなくなってたんだ」
「えーと……?」
「マイナスにマイナスをぶつけても消えるわけないんだ。……僕達が考えるべき公式は、ゼロにすることだったんだよ」
嬉しそうな顔をするクオンには悪いが、フーガにはなんのことを言っているのか分からない。クオンとカバネは顔を見合わせて頷きあった。この二人の間では、疎通する話らしい。これ以上は付いていけそうにないフーガはきょろきょろと視線を走らせる。
「コノエは?」
「あぁ……この時間なら、自室……あ、いや、今日はいないかな」
「今日は?」
「お墓参りをしていると思うよ」
墓参り。不意に香った死の気配に、フーガの心の奥が、不安に揺れた。
居住区よりさらに奥深く。徐々に灯りも少なくなり、息が詰まりそうな細い通路を抜けた先には、また開けた空間があった。所々照明が切れてはいるが、空に瞬く星のような天井を形成している。薄暗闇に浮かぶのは、背の低い石の柱達だった。手にしたランタンを翳すと、崩れた石。もともとは四角柱のようなものだったのだろう。風の吹き込まない場所のせいか、千年という月日による風化は、余り感じない。
「……はか……ば」
意識すると見えない暗闇から誰かが見ているような気がして身震いをする。コノエは随分奥にいるのか、チラチラと揺れるランタンの炎は小さかった。
「うぅ……こわい……」
足元に気を付けつつ、それでも早足で墓場の中に作られた道を進む。両脇は全て物言わぬ柱達。その向こう側に、誰かがいてもおかしくない。恐怖が足を掴みそうになるのを振り切って、フーガは足を進めた。
「は、早く戻りたい……、うぅ、コノエぇ……」
泣きそうになるのを堪えつつ、やっと見えてきたコノエの姿に少しだけ安堵する。
「コノ……」
呼び掛けようとして、ふと気付いた。一つの石を見つめるコノエ。そっと伸ばした手が石の表面を撫でる。その横顔は、フーガが知らない、穏やかな笑みを浮かべていた。
思わず足を止める。ぎゅっと心臓が掴まれたような痛みが走って、動けなくなる。
――それ、どういう気持ちの顔なんだよ。
コノエのことを、よく知っているとは、思わない。思わないが、寂しさと不安が、足を絡めとる。目を逸らせば良いのに、頭を固定されてしまったかのようで、フーガはコノエから目が離せなかった。
何秒か、あるいは何分か。やっと立ち上がったコノエが地面に置いていたランタンを手に取る。
「……あれ、こんなとこで何してんすか、フーガ」
「え、あ。……えっと」
「迷子になる所じゃないッス……ね。俺に何か用ッスか?」
「用じゃ……ない、けど。そ……それ、墓? 誰の?」
「昔々の知り合いッスよ。まあ、ここに眠るのはほとんど知り合い……みたいなもんですけどね」
苦笑いで答えたコノエに、フーガはぎこちなく笑みを返した。返した、つもりだった。
「特別な、人の……墓? コノエの……家族?」
出て来たのは、聞いてはいけないであろう問い。無意識に紡いでしまった言葉に、慌てて口を塞ぐも遅い。冷や汗が、流れた。コノエは意外そうな顔をして、それから首を振る。
「俺の家族は地上にいたんで……全員天子の呪いで、殺されたッスよ」
「っ……ご、め……」
「良いッスよ。どーしたんすか、らしくないッスね」
らしくない。胸が苦しくなる。自分らしい、とは何だったろう。どんな時もからりと笑っていられるのが、コノエの知っているフーガなのか、自分では分からなくなる。
「ごめん……なさい」
「なんで謝るんすか。ほら、戻るッスよ。あれだ、フーガ腹が減って元気が足らないんすね? しょーがないッスねー」
「うん……」
コノエの後に続いて、フーガも歩き出す。死者を弔う静謐な空間から、逃げ出した。
「フーガ、起きてる?」
そろそろ寝るべき時間になった頃、ノックと共に聞こえてきたのは意外な声だった。
「クオン……? お、起きてる」
「入っていい?」
慌ててベッドから飛び降りると、扉を開けた。ランタンを右手に微笑むクオンが、軽く会釈をする。左手に持っていた皿の上には、パンが二つ。
「はいこれ。夕飯、あんまり食べてないみたいだったから、コノエが持って行ってあげてって」
「ありがと……」
「コノエと喧嘩でもした?」
「し、してない」
「なら良かった。……お邪魔していい?」
慌てて頷いて、フーガは部屋の中へクオンを通す。コノエに命を拾われてからずっとフーガが使っている小さな家屋の中にクオンが来たのは初めてだった。家屋と行ってもほぼ一室で、ベッドと申し訳程度のテーブルと椅子があるだけだが。
クオンは椅子に自然に腰掛け、フーガはどうしていいか分からずひとまずベッドに座った。
「話、あるのか?」
「んー、フーガの様子が変だったから見てきて欲しいってコノエに頼まれたんだ。具合悪い?」
「平気」
「そう。……墓地、怖かったかな? ごめんね、待ってるよう言ってあげれば良かった」
「怖くは……なかった、けど」
「けど?」
先を促したクオンに、フーガは口を噤む。墓地は確かに不気味で恐怖はあった。だが、フーガの心に引っ掛かっているのは墓地の景色ではなく。
「コノエ、ああやって、笑うんだって……思った」
自分には、絶対に向けられた事が無い穏やかさだった。特別なのは、一目瞭然で。当たり前だった。ここはコノエにとって故郷の一つではあるのだから、親しい人達が眠っているのは当然で、そこに向けられた感情はフーガに向けられるそれとは比較対象にすらならない。なのに、そんな事に心が囚われている自分のことがフーガは分からない。
「……分かんない。分かんないけど、寂しい。何で僕は寂しいんだろ。あの人達と僕が同列なわけないのに。そんなの馬鹿な僕でも分かるのに」
「そう。……フーガは、コノエの特別になりたいんだね」
特別。自覚していなかった感情に触れられ、フーガは慌ててクオンを見やる。にこにこと楽しそうなクオンは、すっと立ち上がるとフーガに歩み寄った。
「大丈夫。前も言ったけどフーガは風だから、人の心に触れるのは難しくないんだ。怯えなくていいんだよ」
「な、何言ってるのか分かんないんだけど」
「フーガは、コノエの事が好きなんだってこと」
「別に嫌いじゃないけど……?」
隣に座ったクオンに身構えつつ、フーガはパンを齧った。いつもと同じ、コノエの味。
特別。好き。クオンが何を言わんとしているのか、フーガも分かっていた。黙って咀嚼して飲み込む。息をつくと、喉の奥が熱くなった。
「……おかしい、だろ。そんなの」
「うん?」
「かしい……、だっ……て、僕だったら勘違いだって、笑う。笑われるのは……怖い」
「フーガ」
こらえ切れなくなって、ぱたぱたと、涙が落ちる。自覚しない筈がなかった。
特別な存在がいくつもあるわけが無い。千年。長過ぎる時間の中できっとたった一人だったのは、あの顔を見ればフーガにだって分かる。勝てもしない相手を認識して、嫉妬して勝手に落ち込んでいる自分が情けなかった。
「なんで。何で僕は、届きもしないものばっかり見つけるんだよ……やだ、こんなのやだ……」
「じゃあ、その気持ちは、捨てられる?」
首を振る。一度自覚したら、もう戻れない。嗚咽が止まらないフーガの背を、宥めるようにクオンの手が叩く。いつもなら、すぐに落ち着きをくれる手だった。なのに今に限ってはその寄り添う心がフーガには苦しい。
「コノエは優しいから。……大丈夫、フーガのこと、分かってくれるよ」
クオンのその言葉だけは、信じる勇気がなかった。
音は何も響かない。これだけの広い空間にフーガしか居ない上に、石ころ一つ分も動いていないのだから、無理もない。足元においたランタンの炎だけが、フーガの周りを照らしていた。
石の表面にはかつては何か書いてあったのであろう跡が薄っすらと見える。目と記憶力は悪くない自負のあるフーガは、コノエの見ていた墓石の前に膝を抱えて座っていた。
ぼんやりと照らされる墓石のシルエットが、また涙で滲む。
「……いいな。千年過ぎても、覚えてて貰えるんだ」
千年と、良くて三ヶ月。比べるのも馬鹿らしい。コノエにとってフーガと過ごした時間など一瞬に過ぎないのだと認識すると、虚しさに心が痛い。膝の間に顔を埋めて目を閉じた。
命を救ってくれたのも、ほんの気まぐれでしかないのだ。長い長い沈黙の時間に飽きたから。そうやって自分の価値を下げていないと、フーガはまた自分が暴走する予感がしていた。期待を、他人にしてはいけない。それがリーベルから教わったことだ。良くも悪くも、勝手に期待して裏切られたと感じるのは、二度としてはいけないのだから。
「……探したッスよ、フーガ」
ぴく、と指先が震える。それでも、顔は上げたく無かった。土を踏んで歩み寄る気配が怖い。
「起こしに行ったらいないし、出てった気配もないし。……何でこんなとこにいるんすか」
「……ごめん」
「寝惚けてた……とか? 寝てないんなら、おぶってあげるッスから、ちゃんと寝ないと。……体はそんなに頑丈に出来てないッスよ」
「コノエ。……僕今から困らせること言うけど、言っていい?」
顔を上げる。涙の乾いていない顔を向けると、コノエは驚いた表情を見せた。
「ちょ、なんで泣いてるんすか。怖い夢見たッスか?」
「違う。コノエが好きで、泣いてる」
「……は?」
ぽかんとしたコノエに、服の袖で涙を拭うとその勢いで目の前の墓石を指差した。
「この人、コノエの特別な人なんだろ。千年経っても忘れられなくて、千年経ってもコノエの心に住んでる人。僕が絶対勝てない人」
「フーガ、墓を指差しちゃ駄目ッス」
「勝てない。勝てないよ……僕また、手が届かない。憧れたものにもなれなくて、それは別に仕方なくて、けど、やだ。コノエを諦めるのは、やだ」
「……勝たなくていいッスよ。そもそも、俺はすでに負けてるんで」
「え……」
声のトーンを下げたコノエは、フーガに歩み寄る。身構えたフーガが逃げるより早く、コノエは隣に腰を下ろした。
「昔話、するッスね」
「……昔話……」
「その墓の主、千年前の、俺がまだ死ねない体になってない頃の恋人ッス。まあ分かってたから泣いてたんだと思うんすけど」
「……うん」
改めて言われると、重く響く。ぐっと体の芯に力を込めていないと逃げ出してしまいそうだった。コノエがどんな顔をしているのか怖くて、フーガは目を伏せた。
「そりゃあ、結婚の約束とかしてたッスよ。でも、まあ……色々あって、こうなった訳ッスよね、俺の体。彼女は、それでも平気って言ってくれたッスよ。けど、彼女まで奇異の目で見られるのは……俺耐えられそうに無かったんすよね」
「え……」
「人じゃないッスよ、こんなの。彼女には、人として生きる道がある。だから、別れたッス。ふふん、カッコよくないッスか、俺」
「……幸せに、なった? その人」
「結婚して子ども産んで……、幸せそうだったッス。でも俺未練たらしいから、こっそり見てたッスよ。ずっと。でも、幸せにしてくれる人が隣りに居てくれて、彼女は死ぬまで微笑んでたから。……俺の選択は、間違ってなかったと、思ってるッス」
横顔を見やる。薄く笑みを浮かべたコノエの瞳には、きっと今昔の記憶が映っていた。ぎゅっと膝を抱える。心が折れないように、言葉を、逃さないように。
「それから……その子孫まで、ちゃんと暮らしてましたよ、ここで。もう……誰も、いなくなってしまったッスけど。……俺は、多分間違ってなかった。……でも、ホントは彼女の幸せのためにとかじゃ、無かったんすよ。年を取らなくて、何をしても死ななくて。そんなの、バケモノじゃないッスか。彼女にバケモノと思われるのも、憐れな目で見られるのも、俺は耐えられないと、思った。……それが、一番の理由ッス。ははー……情けないッスねぇ」
「……コノエは、ずっと、千年も優しいんだ」
「どーなんすかね。実は、ここに来るようになったの、最近ッスよ。あ、墓の整備はしてたんで定期的に来ては居たッスけど……彼女の墓の前なんて、情けない俺が立てるわけ無いじゃないッスか」
「えっ、で、でも」
昨日は、ここにいた。ここに居て、墓石に触れて幸せそうに懐かしんでいたのをフーガは鮮明に覚えている。じじ、とランタンの炎が小さく音を立てた。
「……今度は、違う選択をしても良いかなって、まあ、答えのない相談をしてたわけッスよ」
「違う……選択」
「そーッス。……もしかしたら、カバネさんたちがこの命の終わらせ方を見つけてくれるかもしれないッスけど、間に合わなくて、死ねないままかもしれなくても、いいッスか」
「え……」
「……許されるなら、俺はフーガと、生きてみたいなって、……思ってるんすよ」
照れ臭そうに笑ったコノエを、ランタンの弱い光が照らす。その言葉の意味を飲み込むのに、フーガはたっぷり十秒は使った。
「僕は、ほんの少ししか生きられなくて、全然生きてもないクソガキだけど、いいの」
「そんなこと言ったら、俺は無駄に長生きして家事だけが取り柄のクソジジイッスよ」
「うん」
「いや、うん、じゃないッスよ」
「……置いて、かない。僕は、コノエを置いていかない。僕は、一緒に生きて、死にたい」
またしょうがない子どもじみた我儘を言っている自覚はあった。それでも、願いを口にせずにはいられない。黙って溜め込んで壊れた自分を知っているからこそ、フーガはコノエに聞いて欲しかった。
「……一人で逝くのは、なしッスよ」
「うん」
差し出された手を取って、握り締める。安堵でまた涙が滲んだのを、袖で擦る。
「あーあー、そんなに強く擦ると、傷になるッスよ」
「そしたらコノエに診てもらうからいい」
「いや手間なんでやめてくれます? ていうか、振った元カノの前で告白キメるとか俺最低じゃないッスか?」
「さいてーだな」
「誰のせいで……はーぁ。……本当、フーガには敵わないッスねぇ」
そうコノエは笑っていた。握りしめた手の温度は、人間と何も変わらない。だからこそ、その手を自ら離すことだけはしたくない。
「コノエー、フーガいたー?」
「げっ、く、クオンさん!」
クオンが探しに来た声に、二人して慌てて立ち上がる。
それでも手だけは離さなかったフーガとコノエは、顔を見合わせて笑った。
墓地にランタンの火が四つ。風の吹かないこの場所は、今日も世界には少し遠い。