ナーヴの崩壊をもって、アークと地上代表リベリオンの戦争は終わった。和平交渉の正式な日取りは後に回されたが、全ての戦闘は終わりだ。地上はリーベルが、アークはユニティオーダーのトップに再任したロイエが代表として今後を話し合う道が整えられていた。
「……最後にあんなやばい切り札隠し持ってるとは。……マジでヴィダ居なかったら危なかったな」
「ああ。……フーガ達にも、放送設備を押さえてもらったりと手を掛けたな」
「いいえー、これは僕達の戦いでもあったんで。いやでも、よく思いつきましたねクウラさん。あんな人の信仰心逆手にとって追い詰めるの。ヴィダの登場も作戦通り、なんか悪魔の襲来って感じして凄かったですよ、ほんと」
「いやぁ……アルムの坊ちゃんの演技力に感動すらしたわ。あれが棒だったら、全然心に響かなくてウソがばれる」
フーガはクウラの安堵に笑みを零した。確かに、アルムに演技は不安がある。嘘がつけないのが取り柄なのだから。
大聖堂に入ってからのアルムは、全て計画通り『天子の器』として演じきった。そうすることで、器としての役割を終えたアルムが天子と崇められることもなくなることも加味して、ナーヴの中心にある天子を否定するミゼリコルドを教会から追い落としたのだ。絶対的存在の天子と、一伝道者たるミゼリコルドでは発言力の重さが違う。ミゼリコルドは、計算外だったようだが。
いずれにせよ、ナーヴは崩壊した。アークの中心は、これからユニティオーダーに移る。技術提供や和平交渉についてが、今後のリーベルの仕事だ。
「リーベルさんとクウラさんはこれから忙しいですね。大変だぁ」
「うわ他人事だよ。オレの胃は今から穴が開きそうなのに……」
「フーガは……というか、カバネ達は、これから?」
「んー……地下の物を整理したら、考えると思います」
「そうか。……そういえば、髪を切ったのか」
「あ……はい」
よもやそんな事に触れられるとは思わず、ついフーガは目をそらす。短くした襟足を触って、小さく笑った。
「……僕、あと何年生きれるか分かんないんですよ」
「何だと? どこか具合悪いのか」
「ああ、じゃなくて。……コノエ達、あの呪いを消したら、死んじゃうはずだったらしくて。で、代わりに僕の命を分けて、今生きてるんですよ。新しい呪いで、あの三人、今生きてるんです」
「マジかよ。……お前、平気なのか? どっか痛いとかないのか」
「今のところは何にも。だから、いつ死ぬか分かんなくて。だから、残り生きた分だけ髪伸ばそうと思って。二年くらいあれば、リベリオンに居た位までは伸びるかと思うんですよね」
「フーガ……」
「笑っちゃうでしょ。……でも、いいんですよ。僕は最後まで一緒に居てくれる人が出来たんで。それって、僕にとっては何より幸せなんですよ」
むしろ、自分で望んだことだ。リーベルとクウラは何か言いたそうな顔をしていたが、フーガとしては心配無用だった。生きている。それだけで、十分だ。
アルムとの話が終わったらしいクオンが手を振りながらやってくる。一足先に、フーガはアークを下りる。
リーベルとクウラに向き直って、頭を下げた。
「ありがとうございました。……やっぱり、リーベルさんは最後までヒーローでしたよ。リベリオンに居られた時間は、僕にとって大事な時間でした。あ、クウラさんをあんまり困らせないであげてくださいよ。本部爆破してストレス解消とか言いだしたら困るでしょう」
「それな。たまにはこいつに釘刺しに来るか、オレのストレス解消に付き合ってくれよ」
「覚えときます。……二人とも、お元気で」
踵を返す。また会える。この世界が続く限り、きっとまた。待っていたカバネ達と合流して、フーガは笑ってアークを発った。
「本当に呪いがなくなった。不思議だ。なんか体が軽い」
「そうなのか。良かったな、アルム」
「うん、良かった。私ちゃんと天子をやれた。でも、言葉の力って言うのはすごいな。せめてもの代用品……ていうのが、私の一族が管理してたって言う製造設備として認識させて、アークの人達にそれを伝達して一緒に仕事にするなんて」
「あれは真似しては駄目だよ、アルム。ペテン師のテクニックだ。まぁ……すんなり覚える気持ちになってくれるのはありがたいけどね」
ロイエが苦笑を零し、アルムもつられて笑った。隠れて生きざるを得なかった人々が、今度は人を導く。アルムにとっては顔も知らない家族や、親戚がいるのだ。不思議な気持ちになる。
「で、アルムはこれから天子から人に戻されたわけだけど、どうするの?」
「そうだなぁ。とりあえず、家族がいるのか分からないけど、一族の人に会ってみたい。技術を私も覚えたい。それが終わったら……うん、私も新しいものを作ってみたいから、前にコノエに教わった品種改良とやらをやってみたいな」
「それはまた。前向きだ」
「エーテルネーア様に見せてもらった昔の景色が、今でも鮮やかで心にぎゅっとくる。私は、私の血があの景色を望んでるんだと思う。だから、そう言う景色を取り戻したい。ロイエとライデンはアークで頑張るんだろう? クヴァルは?」
「俺もアークに残る。ここで……君の一族が苦しんだりしないように、守っているよ」
思わず目を丸くした。ずっと道を迷っていたクヴァルだった。アルムに微笑んだクヴァルには迷いはもうないようだ。ほんの少し、寂しさを覚える。
「……まだ地上に住むには、大変だろう。でも彼らもアルムと同じ血が流れているのなら……きっとアルムと同じ景色を望んでいると思う。こんな地に足がつかない機械仕掛けの場所ではなくて、大地に根差した自然の在る場所に。それまでは、ここで長生きをしてもらおうと思ってるんだ」
「そうか。……そうだな、クヴァルは凄いな。私なんて、私の夢でいっぱいいっぱいだ」
「その方が、アルムらしい。……君は君の足で、大地を歩いて、夢を描く方が似合ってる」
「……ありがとう。ふふ、良い友達だな、クヴァルは。頼りになるよ」
辛くなったら、帰って来られる場所が増える。アルムにとって、世界は未知数で広くて、怖い場所だから。
しばらくは地下暮らしだ。片づけや持ちだすものが決まったら、まずは十二地区に全て預けるのだとカバネは言っていた。何だかんだ、カバネはあの地区の子ども達と戯れるのが好きなのだろう。コノエも、嫌いではないが。
ふと、手のひらを見やる。アークでの戦闘で、手を切った。久々に、包帯なんて巻いている。ふさがらない傷口が逆に新鮮に感じるなんて笑ってしまう話だ。
「……フーガ、笑っていいんすけど」
「うん、なに?」
「死にたいって思ってたくせに、いざ死ぬ未来がこれから来るぞってなると、怖いッスね」
フーガが視線を向ける。もう、死んだら戻れない道が始まっているのだと、ようやく痛感した。死ぬのを願っていたはずなのに、傷の痛みが、怖くなる。これが、生きる事で死ぬことに近づくことなのだ。手が、震えていた。
「……当然だろ。死ぬのはめちゃこわいんだ。泣くほど怖いんだよ。ばっかだな、コノエ」
「ほんとッスね」
「だから、ちょっと泣いて、その分いっぱい笑うんだ。……大丈夫、死ぬときは一人じゃないだろ」
そう笑って、フーガが包帯の巻かれたコノエの手を握る。その温度が生きている証だと思うと、やっぱり胸が苦しい。いつか、この手が冷たくなる日が来る。それは想像するだけで、つらくなる。だから、手を握り返した。離さないように。
「……一人になんて、させないッスよ」
「うん。なら十分。それにさ、想像してるより長生き出来るかもしれないし、もしかしたら、本当に普通の寿命手に入れる方法が見つかったり、誰かが見つけてくれるかもしれないじゃん。そう考えたら、怯えてる暇もないって」
「そうッスねぇ」
「病は気からって言うだろ。だから僕が元気ならきっと大丈夫。だから、僕のこと大事にしろよなー」
最後はそうやってまた我が儘で誤魔化す。少し先に進み過ぎたか、カバネとクオンが苦笑しながら待っていた。照れくささを覚えつつ、フーガの手を引いて荒野を進む。吹き抜けた風に、雨の匂いが混じっていた。
――XX年後。某所。
見事な草原が出来上がっていた。白い花が揺れる。確か、ヴィダが知っている記憶だとそれは薬草の一つだった気がした。
ふと足元で何かを蹴り、眉を顰めつつ視線を落とす。金属片が、落ちていた。思わず拾い上げ、僅かに目を見張る。
「ヴィダじいさん、なにしてんの」
「ああ……懐かしい名前の落としモン見つけてな」
「なにそれ、金属板? エンジンの破片?」
「はは。そうだなぁ。駆動力ってのも案外間違いねぇよ」
人の名前が彫り込まれた金属の小さな板。かつてあの口うるさい死に損ないがドッグタグだと言っていたものだ。兵士が自分が戦地で死んだときに持ち帰らせるものだと言っていたか。森から、幼い姉妹が談笑しながら出てくると、こちらに気付いて目を丸くした。
先に人が住んでいる土地だったか。オルカには残念な知らせだ。戻ったらがっかりするだろう。それでも、いいものは拾った。
「よぅ、オレもそろそろそっちに行くからよ」
太陽の光が反射する。土に汚れて、錆び始めたそこには、十二地区で散々小言を言いながら子ども達に読み書きを教えていた男の名前が彫られていた。
【END】